
| 作 成 日 題 目 | |||
| 平成15年4月20日 my evidence | |||
| 平成15年7月13日 バミューダ・トライアングル テンタクルス !
平成15年10月22日 オールザットジャズ
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| オールザットジャズ NO.1 第三の男 1941年ウイーン,秋。 真夜中のとある遊園地。 無人の大観覧車が黒いビロード色の夜空に大きく輪を描いている。 ひとりの男が誰かを待っている。 そう、つい先日、自動車事故で即死したはずの親友ハリーがここへ来ると言う。 電話の声の主はまぎれもないハリーだった。 ・・・・・・・・映画「第三の男」の一シーンである。 物語の大筋は、第一次世界大戦後、ヨーロッパは物資に不足し、失業者にあふれていた....................................。 一介の法律家くずれのハリーは偽装事故を企て悪事に手を染めようとし、男は更生させようとハリーを正すのだが。...............と、 当時の暗い時代を背景に描かれている。 にもかかわらず、この映画には悲哀は感じられない。 次の二点が光っている。 まず、「第三の男」の音楽である。 チターという楽器が奏でる旋律は、物語の哀感を吹き飛ばすかのように、高く清々しい。 そして、地下の張り巡らされた下水道の場面。 ヨーロッパでは、下水道の社会設備が、行き届いていると聞いてはいたが、 正に、地下の都市であると言っても過言ではない。 そして、敷設上、当然のことではあると思うが、迷路のような下水道路は 必ず地上につながっている。
NO.2 風神・雷神図とコンペティション 誰しもが一度は修学旅行などで見たことがあると思う。 おもしろそうな鬼がふたり(2匹?)右上高くに風神、左下に雷神が斜 めに対峙している。 江戸時代を代表する大画家、俵屋宗達作、国宝「風神・雷神図」のびょうぶ絵である。 左右対称ではなく、バイアスに鬼を位置させたのは世間に対する心の余裕であろう。 さらに、鬼と鬼の間の大きな空間は世界を想 わせる。 師匠と弟子、名声と絵の評価、と、常に自己の才能と向き合わなければならない芸術家ならではの宿命。 老画家は「描いてみせるわい!」と、その通り、絵を完成し、観る者の共感を呼びこんだ。 風神は「挑戦」、雷神は「応戦」 風神・雷神図は理想的なコンペティションの姿であると思う。
NO.3 モンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」 絵の写真集をめくっているうち、ふと目にとまったのがモンドリアン作の「ブロードウェイ・ブギウギ」である。 さまよえるオランダ人であるこの画家は、ニューヨークを永住の地と決め、最後の集大成がこの絵であった。 赤・緑・青の直線と垂直線を組み合わせただけの構成。 ニューヨークの地下鉄を想定して描いたと言う。 見ていると、色と色が交叉し、点滅し出した。 夕暮れが一気に濃紺に変わり、都市が一斉に輝き出した瞬間、そんな絵である。 イルミネーションが夜空を飾り、高級ホテルでは支配人がキャデラックの上得意の客を出迎え、ビアホールでは労働者たちがジ ョッキ片手にボスの悪口に泡を飛ばしている。 ストリートには美しい女たちがミニスカートから惜しげもなく脚線美を披露、今 夜の客引きに余念がない。 「ブロードウェイ」田舎っぽい響きは、ひとたびこの画家の手にかかったとたん一変してしまったようである。 私も思わずステップを踏み、踊り出したくなるのである。
NO.4 サーカムスタンシャルエヴィデンス 21世紀は訴訟の時代に突入したのではないか。 歴史学者があきれてしまうほどの大昔の、紀元前三千年前のエジプトでは裁判 が盛んであったらしい。 旧約聖書が法律であり、その中のモーゼの十戒が現代の憲法に値いしたのであろう。 古代先人たちが編み出した人間社会のルール の原点であったと思う。 歴史は当事者たち・証明者たちがいないうえでの過去の考察であり、状況,状況で組み立てられ、不本意 な推察は、天国発、当の本人から抗議を受けるとも限らない。(笑) 日本の裁判制度も改善しつつあるが、アメリカに比較すればまだまだ大人と子供の差があるのではないか。 決着がつかない裁判は過去の判例が土台となっているようである。 法律なぞ無頓着な私は言える資格はないが、その「判例」に 少々疑問を抱いている。 時代は絶えず変化し、その時は善しとされた法律が、又、破棄された法律が、今日では逆転する場合がある と思う。 私は、「裁判」と言う特殊な性質上、状況証拠対状況証拠の反復継続は否めないと思うが、作文合戦ではなく、堂々と、法廷論争を 戦わしてもらいたい、と、これからの若い法律家に期して愚見を提する。
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「前川レポート」を読んで
「前川レポート」・・・・・・・・・・・・・・昭和61年4月7日 第24代日本銀行総裁前川春雄氏を座長とし、総勢17名により完成された当該報告書は、時の内閣総理大臣中曽根康弘氏より我が国をめぐる近年の国際経済の環境変化に対応して、中期的な視野から、
我が国の将来の経済社会の構造及び運営に関する施策のあり方を検討するよう要請を受け、ここにその結果を記した日本国の今後の国際協調のための経済構造調整研究報告書である。
この簡潔明瞭にして誠実な文面は400字詰め原稿用紙にして約4枚と最少、高校生にも理解できるような内容であり且つ、世界の有識者を驚嘆させたと言われています。
私は読んで愕然としました。
わずか4枚の報告書には、もう当時より今日の日本の現状を正確に捉えていて将来のビジョンを発信していました。 もし、私が昭和61年当時この文書を読む機会があったなら、と、
とても 、とても、・・・・・・とても残念です。
現在、大学で就学中の方、会社員の方、家事手伝いの方など多くの人に読んでもらいたいと思います。 特に軽い感覚の経済ジャーナリストの方に。 21世紀を迎えてから今日まで、毎年三万人を超える自殺者が出るなどと誰が予想したことでしょう。 経済がわからなくとも 国の施策について、自分なりに良い判断が出来るように本物の教養を身につけたいと心から思いました。 余談になりますが、時は1961年、とだいぶさかのぼりますが、同年1月20日アメリカのジョン・F・ケネディ大統領の大統領就任演説がありました。 ご記憶の方もあるかと思いますが、演説はどうであれ名前だけは人々の脳裏に自然に焼きついているのではないかと思います。
その時の演説の内容ですが、上述の「前川レポート」に通じているものがあると感じました。
時もちがう、国もちがう、かたや大統領就任演説かたや学者たちの上申書なのに。
ケネディ氏は、「わが友である世界の市民諸君!」と、今や拡大中の地球のグローバル化を正に予言しているかのようで、アメリカ大統領の演説としては政治色は見受けられず、むしろ宗教的な崇高な香りを漂わせているかのようでした。 立場はちがいますが、 両者はすでに新資本主義社会の到来を予測し、‘自他共に幸福の享受を,
と、若々しいケネディ氏は大統領らしく力強く訴え、時を経て、実戦の経験者たちの「前川レポート」では謙虚に日本国への確信が伝わって来るようです。
sinserly
Jyunko Gosyo
Jury 24 Sunday 2005
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作成日 平成17年7月24日(日) 五所順子